高速で接近してきたグランスルグの一撃を志貴は『七つ夜』で弾くがその反動で体勢を大きく崩し、マストから落ちかける。
だが、それも握り締められたロープが命綱となり、志貴は落下を免れた。
だが、グランスルグもそれを見越していたのだろう、すぐさま命綱を叩き切る。
支えが無くなった志貴はそのまま甲板目掛けて落下するかに思えたが、次の瞬間、志貴は大きく円を描き、グランスルグの後方に回り込もうとしていた。
四十六『失明』
仕掛けは至って簡単、グランスルグに命綱を切られた瞬間、志貴は既に隣に垂れ下がっていたロープを握るとマストを蹴り付けて空中浮遊を開始していた。
「!!」
あまりの早業に一瞬硬直するがそれでも迎撃の為に態勢を整えようとするが、その時にはロープを手離した志貴の両手はグランスルグの頭部を掴んでいた。
―極死―
唄うように志貴はグランスルグの頭部を掴んだまま虚空に身を投げ出す。
そこから、一旦頭部から手を離し、その手はグランスルグの両足を掴む。
そのままの体勢でグランスルグの頭部が甲板に叩き付けられる直前に手を離し、重力に任せる形で激突させた。
―落鳳破―
本当であれば『屠殺竜』で頭部は元より背骨、心臓まで破壊もしたかったが、流石に此処から自分達のいたマストまでは尋常な高さではない。
下手をすれば仕掛けた自分が大怪我するだろう。
だが、その配慮が仇となった。
ただでさえ、今回の『落鳳破』は完全ではない。
本来であれば両手で足を捕らえ、両足で身体を絡ませて拘束し志貴の全体重を相手の頭部に集中させて頭部を押し潰すのが正しい形。
不完全な形では本来の威力等得られる筈もない。
案の定、グランスルグの頭部は割れ、そこから夥しい血が流れ落ちるがグランスルグの頭部は形状を保っている。
それを見てすぐさまグランスルグに止めを刺そうと試みるが、それを妨害するように複数の鳥が志貴の視界を遮り妨害に入る。
「ぐぐぐ・・・小癪なまねを・・・」
そう言うと同時にグランスルグの傷は見る見る癒えていく。
それを確認するやこれ以上の追撃を断念して、一旦距離を取る志貴。
「っ・・・やっぱり完全な形の『死奥義』で無いと無理か・・・」
今更ながら僅かな躊躇を悔やむ。
頭部を完全に潰しても二十七祖であるグランスルグが死ぬとは思えない。
しかし、多かれ少なかれ回復するまでは動く事は出来ない筈。
そこを付いて死点を貫こうと思っていたが考えが甘かった。
「いいだろう・・・そんなに惨たらしく死にたいのならば・・・容赦はしない」
その声にかつて無いほどの憤怒と殺意を込めてグランスルグが吼える。
「貴様を眷族とするのは・・・止めだ。無念極まりないが手は抜けぬ。逃れえぬ絶望を引き連れ、巨大な恐怖に引きずられ・・・無様に死ね!」
そう言うや詠唱を唱える。
それと同時に今まで『幽霊船団』旗艦を攻め寄せていた空軍死徒の一部が志貴目掛けて殺到する。
「ちっ!邪魔だ!」
―閃鞘・十星―
襲い掛かる空軍死徒を正確な刺突一刺しで灰に変えていく。
だが、貴重な時間を潰された事実に変わりはない。
ようやく志貴が襲い掛かった空軍死徒を全滅させた時には詠唱は完了していた。
ー気を付けたまえ。我が夜に舞う鳥達は死者にのみ厳しいぞー
同時に志貴とグランスルグの頭上に鳥が集いその泣き声が耳につんざく。
グランスルグの『死羽の天幕』が発動された。
ゆっくりとあらゆる鳥の羽が甲板に舞い落ちる。
その内の一枚が志貴の肩口に落ちる。
「!!」
同時に焼けるような鋭い痛みを覚え、直ぐに振り払う。
(やばい・・・)
志貴に焦りが出て来る。
ちらりと確認した所、服越しでも羽に触れた箇所は赤く腫れ上がっている。
軽度の火傷と同じ症状だ。
これでは熱湯、または火の雨の中で戦うのと同じ事だ。
全てを避けきる等到底無理な話、ましてや長丁場の戦いなど不可能、いずれは行動不能に追い詰められる。
一旦守りを固めるべく自身が持つ、切り札の一つを出す。
―極鞘・玄武―
―霧壁―
瞬時に取り出した『聖盾・玄武』が霧の壁を展開する。
流石に『霧壁』を通す事はせず羽は壁の表面を滑り落ちる。
「ちっ・・・そうやって亀の如く首を引っ込めるというか、だが、それも何処までもつかな?」
自分の切り札たる固有結界を防ぎきられた事で一瞬殺意を声に漲らせたグランスルグだったが、直ぐにその言葉に笑みを含ませた。
「なに?」
その言葉に一瞬『霧壁』を確認するが特に以上は無く健在。
志貴の見る限り、何処にもおかしい場所は見当たらない。
だが、『黒翼公』のグランスルグが大言壮語を吐くとは思えない。
何かあるのか?
それともそうやって志貴に揺さぶりをかけるのが狙いか?
どちらにしても志貴に、思考の暇は与えられない。
グランスルグが志貴に攻勢を仕掛けてきた。
一方、志貴とグランスルグの戦いの最中でも地上、そして『幽霊船団』旗艦での戦いは当然だが同時進行で続いていた。
だが、戦況はといえば前者は劣勢が続き、後者はかろうじて互角だった。
元々地上の戦力は教会の代行者の精鋭と埋葬機関、それに対して『六王権』軍はチョルルに駐留していた全部隊とその数は圧倒的優位。
上空から『幽霊船団』と青子の援護が無ければ包囲殲滅すらされていたかも知れない。
だが、それをもってしても未だ数の暴力に苦戦を強いられている。
一方、上空の戦いでも『六王権』軍は数の優勢を全面に押し出していた。
他の僚艦には目もくれず、ただひたすら旗艦を二重三重に取り囲み、次々と波状攻撃を仕掛け続ける空軍死徒。
だが、それも徐々にであるが薄くなり始めていた。
単純な事である。
包囲する側より包囲される側の方が強かった。
特にアルクェイド、アルトルージュ、プライミッツ、この二人と一匹の戦闘力は圧倒的、腕の一振りで最低でも五体前後、最大では十体単位で次々と引き裂かれ、一睨みで生命活動自体が強制停止させられ次々と大地に墜ちていく。
それ以外でも秋葉、さつき、レン、翡翠、琥珀、フィナはそれぞれ背中を預けながら死角を可能な限り潰し、それでも生じる死角は骸骨兵士や騎士がカバーする。
特に空軍死徒攻撃に参加せずひたすら地上援護を続ける青子には、骸骨騎士の中でも最精鋭の一隊を護衛に差し向けている。
数の優勢がなくなった時、それが、上空の戦いの終わる時だろうと全員が漠然とした予感を思い浮かべていた。
脳裏の片隅に志貴の安否を気遣いながらも、旗艦での戦いは少しずつだが互角から『六王権』軍の劣勢に変わろうとしていた。
死羽が舞う中志貴とグランスルグの戦いは続く。
『聖盾・玄武』を構え『霧壁』を展開し続けながらグランスルグと戦う志貴だったが、『聖盾・玄武』を現界させるリスク・・・攻撃力減退は想像以上に厳しい。
今の志貴の一閃では死線や死点を突かない限りグランスルグにかすり傷すら付けられない。
それ以外ではいとも容易く弾かれてしまう。
だが、一方のグランスルグも『霧壁』を突破する事は叶わない。
どれだけ力を込めた一撃を打ち込んでも当の『霧壁』には傷はおろか、ひびも入れられない。
「っ・・・忌々しい壁だな!」
苛立ち紛れなのか破壊できないと判っていてもその爪を突き立てる。
お互い決め手に欠ける千日手の状況がこのまま続くと思われたが、変化は唐突に訪れた。
「??・・・!げほっ」
不意に咽喉に鋭い痛みを覚え、咳き込む志貴。
更に唾を吐き出すが、その唾には赤いものが混じっていた。
「血?だが、何で・・・」
その答えを玄武が教えてくれた。
(主よ!『霧壁』内の空気に羽の繊維が)
そこまで言えば十分だった。
死羽の繊維の混じった空気を吸う事により少しずつ体内に蓄積されている。
その異変が咽喉の痛みとなって現れた。
「しかし一体どうやって・・・」
『霧壁』の防御は完璧である筈。
(たとえ大きな繊維を防げても細かい粒子状の繊維を全て防ぐ事は困難です。そこをつかれたかと)
つまりこのまま『霧壁』に閉じこもっていても体内から死羽に侵されるだけ。
かといって、『霧壁』を解除すれば死羽が志貴を殺し尽くすべくその牙を剥くだろう。
此処に来て、志貴は完全に追い詰められたかに思えた。
(仕方ないか・・・使いたくなかったけど)
内心でそう決断を下すと、突如『霧壁』を解除する。
「??諦めたか、まあ良い。そのまま死に果てよ!」
志貴に死羽が降り注ぐ。
だが、志貴の表情に恐怖も絶望もなく羽に埋もれつつあったその口から朗々とした詠唱が響く。
「・・・・・・・・(我は問う、死とはなんぞや)」
「・・・・・・・・(汝答える、死とは恐怖なり・・・否)」
「・・・・・・・・(我は問う、死とはなんぞや)」
「・・・・・・・・(汝答える、死とは孤独なり・・・否)」
「・・・・・・・・(汝再び答える、死とは無なり・・・否)」
「・・・・・・・・(汝問う、では死とはなんぞや)」
「・・・・・・・・(我答える、死とは恐怖にあらず安楽への道なり)」
「・・・・・・・・(我答える、死とは孤独にあらず、数多くの同胞と共にある道なり)」
「・・・・・・・・(我答える、死とは無にあらず、終わりの始まりにして、始まりの終わりの事なり)」
「・・・・・・・・(故に我宣言する、死に怯え、死を恐れ、死に逃げし愚者に我らその姿を晒そう)」
「・・・・・・・・(死神は死を受け入れた者には情をかけるが、死より逃げし者に情は無く容赦なく)」
「・・・・・・・・パラダイス・オブ・プルートゥ(死神達の楽園に愚者共を引きずり込もう)」
次の瞬間、何もかもが闇に塗り潰される。
「!!」
途端に、グランスルグの身体に途方も無い圧力が加わる。
立つ事すらも相当の力を入れなければならないほどの重力が。
見れば死羽は闇に呑み込まれる様に消滅し天を舞う鳥達も断末魔を上げて大地に墜ちていく。
「これは・・・何だ・・・」
「こいつは、冥府の一部だ」
はっとして背後を見れば闇の中にも爛々と輝く蒼き瞳があった。
本能で危機を察し、後方に下がり距離を取る。
一方の志貴は『七つ夜』を油断無く構えつつも周囲を見据え苦々しく笑う。
「封鎖しければ固有結界を丸ごと『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』に変えちまうのか・・・今後は封鎖してからの使用が基本だな」
そう言いながら闇から這い出る様に現れた志貴は至る所に軽度の火傷の跡が見受けられる。
「くっ、我が『死羽の天幕』を塗り替えたのか貴様の心象世界に」
「まあそう言う事なんだろうな。さて・・・けりをつけようか」
「ほざけ!」
そう叫び、志貴に攻撃を繰り出すグランスルグだったが、その動きは異常に遅く、志貴は容易く回避する。
何しろ、『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』の影響を受けている現状まともに動く事さえ困難な筈。
以前この世界に取り込まれたネロ・カオスですら、押し潰されかけたほどだ。
どんなに遅くてもまともに闘える分むしろ賞賛に値する。
しかし、此処は生きるか死ぬかの殺し合い、そこに途中経過での賞賛など不要。
結果のみがものを言う。
そして、その結果を志貴は出そうとしていた。
グランスルグの攻撃を回避しながら懐に潜り込むや
「・・・アルクェイドを・・・俺の妻を物呼ばわりした報い受けてもらうぞ」
―閃走・六兎―
まともに蹴りを受けて宙を舞う。
―閃鞘・八点衝―
斬撃の雨霰に斬り付けられる。
―閃鞘・十星―
十の刺突が寸分の狂いも無くグランスルグの身体を突く。
―我流・十星改―
高速の四の刺突も成す術無く受ける。
―閃鞘・七夜―
―閃鞘・双狼―
十字に斬り付けられ、
―閃鞘・伏竜―
―閃鞘・八穿―
上下から一直線に斬られる。
そして、最後の仕上げとばかりに『七つ夜』を構え、全身のばねにして投擲する。
投擲された『七つ夜』は寸分送るいなくグランスルグの胸部に存在していた死点を貫く。
―極死―
同時に跳躍しグランスルグの頭部を掴もうとする。
しかし、この瞬間、志貴は自身の眼を疑った。
グランスルグはあろう事か投擲される『七つ夜』に目もくれず頭上の志貴にその攻撃を行おうとしていた。
既にグランスルグは死を覚悟していた。
自身の固有結界『死羽の天幕』が塗りつぶされた時点で敗北を悟っていた。
そしてそれは志貴が自身の得物を自分目掛けて投擲した時点で死の予感に、自分の胸にそれが突き刺さった瞬間確信へと変わった。
死ぬのは止むを得ない。
だが、死ぬならばこの男だけでも道連れにしなければ気が済まない。
その一念、いや執念がグランスルグが『死奥義』唯一の弱点を付かせる結果となった。
『死奥義』は跳躍から標的の頭部を掴むまでが完全に無防備となる。
そこに攻撃を受ければ甘んじて受けるしかない。
それを補うのが自身の得物の投擲、これで相手の心理を回避に誘導させる。
ましてや志貴の投擲は確実に死点に狙いを定めている。
つまり貫かれる事は確実かつ完全な死を意味する。
しかし、グランスルグはそんな心理誘導や、死の恐怖を全て無視して志貴に攻撃を仕掛けた。
それを見て志貴は『死奥義』を諦め片手でグランスルグの頭部を掴み自身の身体を支えるや、突き刺さった『七つ夜』に手を伸ばす。
引き抜けばそれと同時にグランスルグの死は確定する。
後はどちらが速いかの勝負のみ。
『七つ夜』を引き抜こうとする志貴の手と道連れに死のうとするグランスルグの爪が交差し次の瞬間、決着と審判が下された。
激闘のさなか、幾重にも包囲していた空軍死徒が突如一匹残す事無く次々と墜落していく。
中には墜落しながら灰となる死徒もいた。
「これって・・・」
「グランスルグが死んだのよ」
「じゃあ志貴ちゃんが勝ったんだ!」
翡翠の言葉に全員一様に喜びを表す。
「フィナ!全艦を地上の『六王権』軍攻撃に差し向けて!それと旗艦は志貴君のいる艦に横付けして!」
「はっ!」
フィナの命令を受けて、『幽霊船団』はその全戦力が地上の『六王権』軍に向けられる。
その一方で旗艦はすぐさま志貴とグランスルグの死闘が行われていた艦と接舷する。
『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』は既に解除され死闘の名残は殆ど残されていない。
強いて名残というのならば、甲板の中央部分でうずくまり、その顔を伏せる志貴とその近くに積まれた灰の山程度だった。
だが、その灰も風に舞い散り、四散する。
「志貴!」
志貴の無事を確認してアルクェイドが近寄る。
「ぅぅ・・・その声は・・・アルクェイドか?」
だが、志貴は蹲ったままその場を動こうとせず、顔を上げようとしない。
しかもその声には苦痛の響きがある。
「志貴?どうしたのよ?」
そんな志貴の態度を不審がったアルクェイドが志貴の顔を覗き込もうとする。
志貴はなぜか眼の部分を手で覆い隠し、そして指の間からは・・・
「!!血!どうしたのよ志貴!!」
アルクェイドの絶叫に『七夫人』全員が顔面を蒼白にし志貴に近寄る。
そしてアルトルージュが強引に手をどかす。
志貴の両眼は縦一閃に切り裂かれていた。
志貴が『七つ夜』を引き抜く寸前、グランスルグの爪が志貴の両眼を捕らえた結果だった。
「志貴!志貴!」
「大丈夫だってアルクェイド。これくらいどうって事は」
「あるに決まっているでしょ!フィナ!貴方は直ぐに志貴君をイスタンブールの病院へ連れて行って」
「は、はっ!」
「ま、待てってアルトルージュ!俺が戦線を離れたら」
「もう大丈夫です!兄さん!兄さんがグランスルグを倒したおかげで『六王権』軍の空軍はほぼ全滅しました。地上の戦力だけなら私たちでも対処出来ます!」
「そうだよ!それに志貴ちゃん眼見えていないでしょ!」
「見えていなくても大丈夫。戦いは身体が覚え・・・」
不意に志貴の言葉が途切れる。
志貴にしがみ付くレンが大粒の涙を零していた。
当然だが今の志貴にそれは見えないが、
「・・・っく」
レンの半ばしゃくりあげるようなかすれ声を耳にしていた。
しばし手を虚空に彷徨わせ、ようやくレンの頭部に手を置くとそのまま軽く撫でる。
「ごめんなレン・・・判ったよ一旦戻るとするよ。アルクェイド、後のことは任せても良いか?」
「うん、当然よ!」
「じゃあ頼む」
その後の戦闘については真新しい事も特筆すべき事もない。
上空からは『幽霊船団』と青子の支援砲撃の嵐、地上では耐えに耐え忍んでいたエレイシア達代行者部隊が骸骨師団と『七夫人』の援軍を受けて反撃を開始し、その勢いはまさしく圧倒的。
数において勝る『六王権』軍を全滅させるのに、数時間を要したが勝敗は決した。
さらに数時間後、『七夫人』とレンはイスタンブール内の病院にいた。
あれから志貴はイスタンブールに帰還後、直ぐに手当てが行われていたが、前後してアルクェイド達もイスタンブールに到着、また事情を聞いたエレイシアも同行、病院に到着するや志貴の治療に当っていた。
尚、他の部隊はこのままチョルルに向って進軍を再開。
フィナと青子、プライミッツは万が一に備え同行している。
やがてエレイシアがおもむろに治療室から出てきた。
「エレイシア!志貴の様子はどうなの!」
その姿を確認するや一番に問いかけるのはアルクェイド。
「・・・」
一方のエレイシアはといえば、その表情は硬い。
だが、重々しく息を吐くと、毅然と顔を上げて『七夫人』達に残酷なまでの真実を告げた。
「志貴君の傷ですが・・・左右双方共眼球を完全に切り裂いていました。よって治療は不可能と判断され眼球の摘出手術が行われる事が決定しました」
『・・・・・・え?』
エレイシアの言葉を直ぐには理解出来ない。
「えっと・・・眼球摘出って事は・・・どういう事なんですか?」
理解出来ない、いや理解したくない、そんな口調でさつきが問いかける。
嘘であってほしい、冗談であってほしいと心底から願って。
しかし、現実は何処までも無情かつ非情だった。
「・・・志貴君の両眼は完全に失明しました。今後、その視力が回復することは・・・ほぼありえません」
エレイシアの僅かな希望を打ち砕く言葉に全身から力が抜けへたり込む。
その直後、前線よりチョルル陥落の報がもたらされた。
しかし、それは何の慰めにもならなかった・・・
『シリウリの戦い』は幕を下ろした。
人類側は地上の代行者部隊の四割を失い、志貴も失明するという重傷を負った。
だが、その代わり、『六王権』軍はチョルルに駐留していた中東、中央アジア方面軍の全てを第十六位グランスルグ・ブラックモア諸共失った。
その報に接した『六王権』はしばし愕然としていたが、直ぐにアフリカを攻略中のリタの軍団をヨーロッパに戻す事を決定。
リタの軍勢はルーマニア首都ブカレストに入り、また、新たな前線としてトルコ・ルーマニア・ギリシア三国の国境に程近い都市エディルネに前線部隊を配備、そこからイスタンブールに睨みを利かせる立場を取った。
しかし、この犠牲は『六王権』軍にとって大き過ぎた。
オデッサを落としロシア連邦領に迫る勢いだった『六王権』軍もグランスルグの軍団が消滅した事で今度は確固撃破の餌食となる事を恐れ占領したオデッサからも撤退、リタの軍団と合流した。
また核投下未遂より連日敢行されていたアメリカへの死者投下も空軍が全滅に等しい現状ではもはや遂行は不可能とされ、アメリカはようやく悪夢から解放された。
いくら『六師』まで前線の司令に派遣したと言ってももはや戦線の拡大は指揮官の絶対的な不足により不可能と判断、以後は不利に陥るとわかっていても守勢に回らざる終えなかった。
『蒼黒戦争』の趨勢は『イギリス南部攻防戦』、『シリウリの戦い』、この二つの会戦で天秤は大きく傾いた。
大量の犠牲といくつものを死闘を伴った激戦期から攻守逆転したことよる反攻期に本格的に移行をしたのだった。